法善寺について

寛永14年(1637)、刑場や墓地が広がる現在の大阪市中央区難波の地に法善寺は建立されました。ここで刑に処された人や埋葬された人々の霊を慰めるための千日念仏を唱えていたことから通称「千日寺」と呼ばれるようになり、その門前で栄える街は「千日前」と称されました。

時は流れて昭和20年(1945)3月13日、第1次大阪大空襲により法善寺は焼失。唯一焼け残った不動明王は戦後、いつのころからか参拝者が柄杓で水をかけるようになりました。

やがて全身は厚い苔で覆われ、今やご尊顔もわからないほどですが「水掛け不動尊」として地域のシンボルとなり、多くの人々に愛されています。

official website ► http://houzenji.jp/

水掛不動尊とは

参拝客から一年中絶え間なくきれいな水を掛けられている水掛不動尊は、身体全体がきれいな緑色のミズゴケで覆われています。

法善寺横丁とは

法善寺の横に位置する長さ80メートルの石畳の風情ある横丁です。